東京都江戸川区西葛西の行船公園内にある江戸川区自然動物園のレッサーパンダを紹介しています。

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『野生からの伝言』竹田津実 著、集英社刊

『子ギツネヘレンがのこしたもの』の著者が、朝日新聞北海道版に連載した記事をまとめた写真集のような書籍です。
自然の豊かさ、自然と動物との関わりが季節感も豊かに描写されています。
読んでいると、自分も北海道で自然を体感しているような幸せな気分になりました。
引用を交えつつ、印象に残った部分を書き留めます。

「食べられる。だが食べ物ではない」--- スナックは人間には食べ物ですが、動物にとっては食べられる物ではあっても動物たちの食べ物ではないという話。
道内の観光地を中心にキツネたちに疥癬病(かいせんびょう)という寄生虫病が流行しているそうです。症状は、下痢から始まり栄養不良、脱毛、皮膚の肥厚で、ほとんどがその年の冬に死んでいくそうです。
原因の一つは、観光客が与えるスナック。糖分を多く含んだスナック菓子はキツネにとっての下剤と同じで、それらはキツネたちの免疫を急速に低下させるとのこと。
原文には「観光客の無知のやさしさのために」とありますが、優しさではなく単に動物を餌で釣って何かしらの関わりを持つ事で満足したいと言うヒトのエゴだと管理人は感じます。

「小5から競争社会に組み込まれ」--- 苦しむ動物たちを獣医のもとに運んでくる人々のほとんどが子供とお年寄りだというのです。しかも子供はなぜか小学校4年生までが殆どという、その年齢に著者は注目しています。受験という競争社会に組み込まれるのが小学5年生、そして競争社会の呪縛からようやく解き放たれるのが老人といわれる年齢なのではないか、と著者は語っています。
競争社会に組み込まれたら、全てが競争に勝ち残ることが正義みたいな社会の中で、他人の痛みを思いやるということを失っていく。その一現象と著者は捉えているようです。

「『行った』『見た』情報確認だけの旅」--- タイトルを読めば下手な説明は不要かも知れませんね。与えられた情報を確認する事が旅になってはいませんか?という話です。
別の章では、日本のバブルは経済だけでなく文化もバブルの只中にあることに触れています。日常を無視し刺激的に表現されたものの世界が普通になってしまった日本では、動物たちが何も刺激的な行動を取っていない時の日常的な普通の姿などは見たり知ったりする価値も意味もないと感じられてはいないか?とは管理人なりの解釈です。
ここら辺は、もう何十年も近場の動物園には行っていないのに、遥々と旭山動物園へと出かける職場の同僚に、どうよ?と問いたい。

もちろん本書は深刻な話題ばかりではありません。
「キツネとタヌキが同じ巣穴に」ではキツネの一家と生活をするエゾタヌキ(雄)の話が語られ、その巣穴で生まれた子ギツネの育児にタヌキが協力していたそうです。

「昔、じゃまもの扱いされた流氷」では、昔は暮らしを貧しくするだけだと思われていた流氷が、植物プランクトンを増殖させ、魚やカニ、ホタテ、エビやミジンコを育て、それが大きなクジラをも養う豊かな海を培っている事が解って来たのだそうです。また、波をしずめ塩害から海岸近くの野山を保護することまでやっているのです。
冬の観光資源として沿岸の人々に役に立つ、などというのは人間から見た一つの局面でしかないのですね。
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